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広島高等裁判所 昭和23年(上)69号 判決

上告人 被告人 石原孝

辯護人 三井明

檢察官 梅田鶴吉關與

主文

本件上告を棄却する

理由

辯護人三井明の上告趣旨は別紙上告趣意書と題する書面記載の通りであるからこれに對し順次判斷するに

上告趣意第一點原判決によれば被告人が昭和二十二年四月十六日岡山區裁判所で飲酒して自轉車を竊取した件に付懲役一年六月三年間執行猶豫の判決を言渡された事實を被告人の原審公廷に於ける同旨の供述により認定している。しかし原審第一回公判調書によれば被告人は裁判長より被告人の前科といふのは此の通り違いないかと問はれ裁判長より記録編綴の被告人に對する身許取調書中前科欄を讀聞かされたのに對し前科は御讀聞けの通り間違ない竊盗罪は今度の事件と同じ様に酒に醉つて人の自轉車に手を出したものである趣旨の供述をしたことが記載されているが右身許取調書には被告人が昭和二十二年四月十六日岡山區裁判所に於て竊盗罪により懲役十月三年間執行猶豫の言渡を受けた事實は記載されているが昭和二十二年四月十六日岡山區裁判所に於て竊盗罪により懲役一年六月三年間執行猶豫の言渡を受けた事實は記載されていない從つて原判決には被告人が同年同月同區裁判所に於て自轉車を竊取したため竊取罪として刑の言渡をうけた事實を認め得る證據はあるが右刑が懲役一年六月であり三年間執行猶豫の言渡を受けたものであるとの事實を認める點に於て證據を缺いていることになる。しかしながら證據によつて認めることを要する事實とは罪となるべき事實を指し情状となるべき事實の如きはこれを含まないものと解すべきところ原判決は前示受刑事實を罪となるべき事實或は刑の加重條件となるべき事實として認めたものではなく單に情状としてこれを認めたに過ぎないこと判文上明瞭である。從つて前示受刑事實につき證據を缺如するも原判決を以つて違法なりと謂ふことは出來ないから論旨は理由がない。

同第五點憲法第三十七條第二項に刑事被告人は公費で自己のために強制的手續により證人を求める權利を有するとあるは刑事被告人が若し證人を求めるならばこれが呼出等に要する費用は裁判所に於て豫め支出し當該證人を呼出しこれに應じないときは勾引等強制的手續によつても被告人に當該證人審問の機會を與へねばならず被告人は權利として斯る處置を裁判所に請求し得ることを規定したものである。從つて裁判終了後これに要した訴訟費用を何人に負擔せしめるかといふことは右規定の關係するところでなく專ら刑事訴訟法第二百三十七條以下の規定により決定せられるものと謂はねばならぬ。依つて刑事訴訟法第二百三十七條は憲法第三十七條第二項とは何等矛盾するものでなくその有効なること勿論であつて原審が刑事訴訟法第二百三十七條第一項を適用し被告人に對し訴訟費用を負擔せしめたことを以て憲法第三十七條第二項に違反する違法あるものと謂ふことは出來ない。從つて論旨は理由がない(その他の判決理由は省略する。)

以上の理由により刑事訴訟法第四百四十六條に則り主文のように判決する。

(裁判長判事 植山日二 井上開了 判事 大賀遼作)

辯護人三井明の上告趣意

一、原判決には、その冐頭に被告人が昭和二十二年四月十六日岡山區裁判所で、懲役一年六月但三年間執行猶豫の裁判を受けたと記してある。併し、本件記録中の身許取調書によれば、その刑期は、懲役十月であつたことが明かである。原判決に特に被告人の前科を記したのはその量刑に關係があると認めたのであろうが、その刑期が十月と一年六月とでは、大變な相違で、被告人にとつて重大な利害關係がある。原審がこのような事柄について、證據を無視して、虚僞の事實を認定したのは、違法であるから、原判決は破毀せらるべきものと信ずる。

五、原審は訴訟費用の負擔を被告人に命じたが、これは、憲法違反である。本件において訴訟費用とは、第一審の證人に支給された旅費日當である。ところが、憲法第三十七條第二項には「刑事被告人は公費で自己のために強制手續により證人を求める權利を有する」と規定されている。これは刑事被告人が、訴訟費用の負擔力のないために、有利な證人があつても、その訊問を求めることを躊躇することを防ぐための人權保障の規定である。從つて、一應公費で證人を喚問しておき乍ら、後で被告人にその費用を轉嫁することは、憲法の許さぬところである。若しこれを反對に解するならば、憲法第三十七條第二項後段の規定は、從來から刑事手續において、行われている當然のことを規定したに過ぎない無意味な規定ということになる。果して憲法に左様な無駄があるであろうか。左様な無駄ありとする解釋が新憲法の正しい解釋であろうか。この憲法の規定の限度において、刑事訴訟法第二百三十七條の規定は、その効力を失つたと解するのが正しく、原判決はその解釋を誤つて、不法に刑事訴訟法第二百三十七條の規定を適用したのであるから、この點で破毀されるべきものと信ずる。(その他の上告論旨は省略する。)

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